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NPO法人、一日一歩

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社会に貢献したい。いつか起業したい。ソーシャルビジネスって何?そんなあなたへ。一緒に考えていきませんか?

「文化的にゆたかな暮らしをめざす」
文化と教育、伝統と最先端技術をつなぎ、地域から世界へ発信する、『特定非営利活動法人 Layer Box』の活動についてレポートしてゆきます。産学官民のコンソーシアムを実現してゆく中で得られる情報を、少しでも共有できればと考えています。

○東京日本橋「奈良まほろば館」で開催した<大和古典芸能講座>、奈良阪の伝統芸能と職人たち。インタビュー映像を収録。「あをによしTV」を運営しています。
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古酒と、奈良酒造組合「酒蔵ささや」閉店について

2012/01/28 11:24
先週の月曜日。

平日の午後だというのに、次から次へと客足が途切れず、奈良酒造組合「酒蔵ささや」さんの店内は賑わっておりました。

大安寺で行われた「がん封じ」の行事に参加した他府県の方たちが、お清めの笹酒を頂戴した後、流れて来た模様です。

みなさん、奈良にも美味しい地酒があることに驚き、多山マスターの薀蓄に耳を傾けています。

この時期になると新酒一辺倒の私ですが、この日は逆に古酒をいただきました。

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さて、日本酒の古酒とは、何ぞや?

15年ぐらい前までは、古酒と言えば1年から、大古酒と言えば2年、通常3年からは立派に「古酒」と呼べるようです。

日本酒の古酒でいちばん古いものは、20年もの。
そもそも日本酒で古酒を造り始めるようになったのが、20年ぐらい前からだそうです。─納得。

古酒というのは、在庫が古くなった酒のことではなく、通常の醸造とは違い、長い熟成に耐えられるよう、酸が多めで甘めに造ったものを言います。

焼酎などの蒸留酒は栓を開けなければ永遠に賞味期限と聞いて、驚きました。

一方で「生酒(なまざけ)」は、新鮮さが命。賞味期限が書いてある商品もあります。

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以前は灘や伏見の大手メーカーは奈良の酒蔵から酒を購入(桶買い)していました。しかし日本酒の消費量は、今や全盛期(昭和50年前後でしょうか?)の三分の一。
大手メーカーも自社で酒を生産できるようになり、奈良の地酒も卸を止めて、自社ブランドを立ち上げ、売り出すようになりました。

寒気で水が冷たい、雑菌が繁殖しにくいなどの理由で、ちょうど大寒の今頃が、いちばん美味しい日本酒が出回ります。

奈良県唯一の酒造好適米奨励品種「露葉風(つゆはかぜ)」は、山添村で作られています。

奈良県では、イチゴ、スイカといった、利率の良い農作物を推奨して作っているため、米全般の多くは、滋賀県から買っているそうです。

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ところで、たいへんショッキングなニュースがあります。

2009年12月から営業してきた、奈良酒造組合アンテナショップ「酒蔵ささや」さんが、来月2月末をもって、閉店することになりました。

毎月、奈良に帰ってくるたびに楽しみにしていて、私どもが主催したイベント【祝祭祀あをによし】のレセプションパーティーでも出店していただきました。

いろいろと事情がおありになるようですが、多くのメディアに取り上げられ、固定客も増え、満席で入れない時もあったのに・・・営業が順調だっただけに、とても残念です。

「酒蔵ささや」さんはなくなりますが、奈良の地酒「奈良酒(ならざけ)」はますます絶好調!

日本全国、そしてアメリカ、ヨーロッパ、アジア各国から愛される、「奈良酒」を、これからもよろしくお願いします。
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死ぬまで「生きる!」

2012/01/25 12:56
先日、仕事でお世話になっている中小企業の社長さんと、お話させていただく機会がありました。

若い頃はどうだったか。

なぜ、このお仕事を始められたのか。

関西で第一号となった免許取得について。

事業のこと、社員のこと、経営について。

成功事例と失敗事例から学んだ教訓について。

今、新たにチャレンジしたいと思っていること。

身をもって体験した話をお聴きすることは、たいへん貴重です。
私が書物で学んだ内容が、説得力をもって語られ、まるで生き字引のよう。

利益が出たときは気をつけろとよく言われます。

まったく専門外のことに手を出して、失敗する例が多いからです。

今回お話をお伺いした社長も、儲けが出たとき、分野外の出店をしたり、販売業を始めたり、いろいろとチャレンジしたそうですが、どれも上手くいかなかったそうです。
また、異業種交流会などで知り合った方や、知人から頼まれて始めた事業も上手くいかない。

自らが情熱を持って企画をあたため、綿密に予算と事業計画を立て、用意周到に準備を進めたんじゃないと、成功しにくいのです。


そんな経験を経て、昨年、専門分野で新たな免許に挑戦されました。
20回近く落ち、それでも諦めず、晴れて免許取得。
今年もまたチャレンジするゾ!と目を輝かせて夢を語っておられました。

なかなか元気な次世代が出てこないとボヤきながらも、生き生きと語る社長は65歳。

まだまだ青年

過去に胃を三分の2切除して、「身体が軽くなってけっこう、けっこう」と笑いながら

「死ぬまで現役!」

元気をもらいました。
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二県で盛り上がる!古事記1300年紀

2012/01/21 11:17
「古事記」1300年で、島根県が、奈良県大和郡山市が、奈良県磯城郡田原本町が、今年、大いに盛り上がろうとしています。

「古事記」は、

天武天皇(てんむてんのう)がクライアント

稗田阿礼(ひえだのあれ)が語り部さん

太安万侶(おおのやすまろ)がインタビュアー&ライター

の一大プロジェクト。

太安万侶は優秀な高級官僚で、言葉の音(おと)に対して、まちまちだった文字表記を統一。
四、五年は掛かるだろうと言われた仕事を、わずか四ヶ月という超スピードで完了したそうです。

さて、その太安万侶にゆかりの奈良県磯城郡田原本町(しきぐんたわらもとちょう)。
実在が疑問視されていたところ、墓誌が出てきたことで一気に町は色めき立ちました。

現在、田原本町役場1階ロビーにて、古事記ゆかりの寺社仏閣や行事などの「写真展」が開催中です(1月31日(火)まで。土・日は休み)。

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この写真展の最大の魅力は、町に暮らす人たちが愛着を持って、町を撮影しているところです。
写真の出来がどうこうではなく、その町のことを一番よく知っている人たちが、記録として、記憶として、撮影して残してゆくことは大切なことだと思います。

先日、関東学院大学と奈良教育大学が取材させていただいた村屋神社の神楽を、私のお隣で撮影していらっしゃた方のお写真も展示していました。

(写真下は、「古事記」原本のレプリカです)

稗田阿礼にゆかりの奈良県大和郡山市と、今、古事記1300年紀を盛り上げようと、動き始めました。

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古事記の神話部分は、おおよそが出雲(今の島根県)が舞台です。

多くの学者が神話と出雲のつながりは伝説に過ぎないと片付けてしまった中、遺跡が出土したことで一気に学説が覆りました。

梅原猛氏も、自説が間違っていたと素直に認め、謝罪の旅を兼ねて改めて取材を行われたことを、【葬られた王朝】〜古代出雲の謎を解く〜(新潮社)に書いておられます。


葬られた王朝―古代出雲の謎を解く
新潮社
梅原 猛

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7月21日〜11月11日
島根に来て感じる「はじまりの物語」

【神話博しまね】

が、島根県全域で開催されます。
出雲大社を拠点に、各地でさまざまな趣向が催されるようです。

http://www.shinwahaku.jp/

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さて、もっと分かりやすく、楽しく、古事記・日本書紀に触れたい、知りたいと思う方にお勧めの雑誌があります。

【まんがとあらすじでわかる古事記と日本書紀】 (別冊宝島 1671 カルチャー&スポーツ) [大型本]

「古事記」「日本書紀」を扱う時、とかく神経を尖らせるのが、表現の適切さと、登場人物の名前とキャラクターの一致です。

【まんがとあらすじでわかる古事記と日本書紀】では、稗田阿礼が実は女性だったかも?という説を取り入れて、女子高生のような雰囲気の稗田阿礼が、足を組んで、タバコ吸いながら、「だからぁ、●●がぁー、●●でぇーー、それでー」みたいな、しゃべり方をしているのを、太安万侶が、必死にノートに打ち込んでいる姿が描かれています。

また、「自分を取るか、夫を取るか」と迫られたサホビメが夫─垂仁(すいにん)天皇を裏切り、兄サホビコともども滅ぼされた悲劇の物語。
地位も命も捨てて、なぜ兄に従ったのか、文章で読んだときは腑に落ちなかったのですが。
これが漫画になると、涎をたらした夫のだらしない寝顔、夫を殺せと迫る兄の美しい顔…これでは、サボヒメも血迷うのも仕方ないと、一発で納得(笑)など。

もちろん、史実とは違う!とも、違わない!とも、何とも言えませんが、まずは身近なところから、多くの人に、物語のスケールの大きさに、ロマンに、ハマって欲しいと思います。




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新酒、出揃っています!

2012/01/19 12:45
先日、ギャラリー勇斎さんのお茶会が終わった後、建物内で隣接している、奈良県酒造組合のアンテナショップ「ささや」さんに寄りました。

「飲み足りんかったんか?」

とマスター。
いえいえ、あまりに緊張したので、ちょっとリラックス。
それにそろそろ新酒が出揃ってる頃だと思ったからです。

奈良県酒造組合は、東京方面でも試飲会を開催したり、奈良県の会合にブースを出すなど、活発にPRに努めています。

私も何度も参加し、時には東京の知人を連れてゆきました。
みなさん、奈良に地酒があることにまず驚かれます。

奈良には30を越す蔵元があります。

また、日本酒(清酒)発祥の地です。
一時は灘や伏見の大手メーカーに酒を卸していたのですが、近年、自社ブランドを確立し、たいへん美味しく個性的な地酒が目白押しです。

東京にも、海外にもずいぶん流通しています。

しかしまだ、知る人ぞ知る、隠れた銘酒であることが、残念ではありますが。
日本酒自体が、一時の地酒ブームに比べて下火になっていることもあって、日本酒一筋で来た私としては、何とか日本酒の魅力を知ってもらいたいなと思っています。

また安いお酒が出回る中、地酒は高いため、飲み放題のメニューには加わらないのと、本当に美味しい日本酒を知らない世代には、少し値が張るかも知れません。

ですが、一度、本当に美味しい日本酒を味わってみて欲しいと思うのです。

さて、今日の写真は「梅の宿」さんの新酒です。
実は、日曜日、ささやさんで梅の宿さんの新酒を頼んだら、全部売り切れ、「一滴も残ってない!」状態だったのです。

それで写真は、11月22日、三条通なら青丹彩B1F「のより」さんで飲ませて頂いた、「しぼりたて」です。

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「梅の宿」の常務、佳代ちゃん(みんながそう呼んでいるので、私も恐れ多くも勝手に、チャン付けで失礼しております)とは、東京での試飲会でたびたびお会いし、会合の後、一緒に飲みました。

威風堂々、なかなかの飲みっぷりで、豪快な方です。

「梅の宿」といえば、日本酒をベースにした梅酒やリキュールでも有名で、海外への輸出もめざましいのですが。

今、朝日新聞「けいはんな」に毎日、佳代ちゃんのコラムが載っています。
日本酒に対する思い、梅の宿の歴史、経営者としての心構え、伝統を守りながら新しいことにチャレンジする決断力。

日本酒に興味がある方だけでなく、起業をめざしている方、起業家の方、また、日々の暮らしを大切にしてらっしゃる方に、ぜひ読んでいただきたいコラムです。
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初めてのお茶会

2012/01/17 10:15
日曜日に、奈良市下御門にある「ギャラリー勇斎」さんのお茶会にご招待されました。

初めてのお茶会…というより、流派も作法も何も知りませんが。
着物ぐらいはきちんと着て行かないとと、早起きして着付けして、いそいそと出かけました。

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さて、お茶会(お茶事)というのは、お菓子を頂いて、お茶を頂いて、はい、終わりではないのですね。

まずは部屋(茶室ではない)に入って、掛け軸を拝見する。

一同、軽く自己紹介する頃に、椎茸の入った桜湯が出てきます。

正客から時計回りにぐるりと座り直し、袴を着けた亭主が、いわゆるホスト役を務めます。

最初に一汁(かぶらと白味噌)、黒豆ご飯(これは珍しい趣向です)、向付(鯛の昆布締め)の膳が出てきます。

両端が細くなった利休箸が置かれてあるのですが、箸置きはありません。
お膳の縁に掛け渡して置きます。

その後、八寸、山の幸と海の幸が盛られた1菜、お煮しめ、海老しんじょの入った椀、焼物。
椀物以外は人数分盛られた鉢で取り回しです。

お料理はすべて、ギャラリーオーナーの山中千恵子さんの手作り。

お茶席に出されるお料理が「茶懐石」です。
懐石の献立を一つの重箱に詰めたものが、お弁当だそうです(松花堂弁当などもそうです)。

お酒は奈良の地酒。龍年にちなんで、「長龍」の初しぼりと、燗酒で生駒市上田酒造の「嬉長(きちょう) 」を出されました。

客が上戸の場合は、「強肴」(しいざかな)が出るそうですが、今回は「このわた」の干した珍味「干しこのこ=干口子(ひぐちこ)」が出ました。

和え物が出て、料理は最後になります。

その昔、最初に炊き立ての堅いご飯が出てきて、途中でふっくら蒸したご飯、最後におこげにお湯を掛けたものが出て来たそうです。
墨でおいしいご飯が炊けましたよ、とお知らせするもので、一汁一菜の質素な料理だったそうです。

締めはお漬物。
正客の先生は懐紙で器をすべて、拭いていらっしゃいました。
お隣のお茶を習っていらっしゃる方々は、番茶を次々と器に移動させて、お漬物で器を洗って、最後はそのまま頂く…禅の作法にのっとって、食事を終えられました。

皆様、懐紙を捨てるビニール袋を持参しておられましたが、私はそっと懐紙で拭く程度にしました。

最後は食器のみ。
何も残さず食事を終えるため、たとえば「魚介類の尻尾や頭」などは、予め落として出されるのだそうです。

最後は、正客の合図で、全員で音と立ててパタリと箸を膳に落とします。

その音が合図で、黒い重箱に入った花びら餅が出てくるのです。

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お食事が終わったら部屋を移動。

手水で手を洗ってから、茶室に入ります。

また掛け軸とお花を拝見してから、お席に付きます。

濃茶を頂いてから、干菓子が出てきて、薄茶を頂きます。

袱紗の扱いは、まるで手品師のよう。
さまざまな作法がありますが、この日は別の流派の方たちがお集まりになったようで、ひとしきり作法の違いに話題が集中してました。

そしてお茶を頂きながら値打ちもののお茶碗を拝見し、亭主から棗(なつめ)や茶さじの説明を伺ってから、一つずつ回して拝見します。まさに眼福。

伝統工芸の本物の美しさに触れ、職人や文化人の生きた時代に思いを馳せ、文化の凝縮した時間と空間に触れるひととき。
花、書、画、工芸、茶道…さまざまなことに造詣があり、愉しみを知っていると、さらに貴重で楽しい時間を過ごすことができるでしょう。

あっという間に3時間半が経ちました。

千利休によると、茶会は4時間を超えてはいけないそうです。

このように、お客が集まって、食事をし、文化を愛でて、楽しく会話をし、そしてお茶を頂くのが本来のお茶の愉しみだそうです。
みなが約束事を知っていれば、なお、楽しい。

お茶の作法をお稽古するだけでは、本来の茶道の良さと意味を知ることはなかなか難しく、どんどんお茶会に参加し、その中で茶の愉しみや作法の意味を知るのが良いとアドバイスいただきました。

また見ていて思ったのですが、流儀はいろいろあれど、畳の上の歩き方、ふすまの開け方、立ち居ふるまい…美しい身のこなしは─着物を着たときには特に─身に着けられれば良いなと思います。

お稽古に通うのももちろん素晴らしいことですが、親から子どもへと、多少なりとも伝えてゆける環境であって欲しいですね。

結構なお手前、そして、たいへんお勉強になりました。
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「おはよう!」の一言が

2012/01/15 07:41
「おはよう!」

知ってる人との間では毎朝、何度でも取り交わされる挨拶。

ですが、知らない人にも「おはようございます」と声を掛けることは、勇気のいることではないでしょうか?

私の住む町では、町内で出会った人には挨拶をしようという取り組みが、もうずいぶん前から行われています。

おはよう、こんにちは、こんばんは、会釈だけでも良いのです。

そしてこの運動は、近くの公立高校でも実施されています。

校舎脇の公道では、生徒たちが授業の一環として、クラブとして、50メートル、100メートルの走りこみを行っています。

その場に通りがかったら、もうたいへん!
生徒一人一人がみな、「おはようございます!」「こんにちは!」と元気良く挨拶をしてくれるのです。

100メートルの間に生徒がぎっしり!

一クラス分の「おはよう」シャワーを浴びます。

横着して数人に一回挨拶を返すのですが、それでもこちらは一人。

4、5回は「おはよう」「おはよう」「おはよう」「おはよう」!・・・・

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この住宅街は、空き巣被害が多い地域です。

20年前に越してきたときは、どのお宅も犬を飼っていました。
それでも効果は100%ではありません。
セキュリティー会社に依頼するご家庭もあります。

ですが、町内で出会ったらみな、挨拶!を習慣化したら、犯罪が減るのではないかと思うのです。


落書きを一つ一つ消して行ったら、町の犯罪が減っていったというNYの例があります。
小さな犯罪が積み重なって、人々が軽犯罪に慣れて無関心になった隙に、悪質な犯罪が忍び込むのだそうです。
小さな犯罪も見逃さない、人々の心やモラルに隙を作らないことは大事なことなのです。


同じくアメリカで、学校崩壊していた小学校に赴任してきた女性の校長先生が、毎日、トイレを丁寧に清掃し、清潔を保つことに気を配ったら、やがて生徒たちが規則正しい生活をし始め、成績も上がったそうです。


挨拶習慣もそうです。
誰かに声を掛けられる、見られている(無関心でない)と言うのは、抑止力に繋がります。
街の防犯に、「まずは挨拶から始めてみる」というのは、やろうと思えばすぐにでき、行政の助けも不要だと思うのです。
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知らない間に、さようなら

2012/01/11 13:25
暮れに、イベントのご案内をしたのですが、いつもなら律儀にお返事を返される方が、なしのつぶて。

10月にも、セミナーへのご参加を急にキャンセルされたので、おそらく、そのときにはもう、決まっていたのでしょう。

「異動」

まったく気がつきませんでした。

よほど引継ぎが必要な案件で関わっているならば、たぶん本人からお知らせがあるでしょうが。
今回はそうではありませんでした。

ある日突然、お電話したら

「○○は、異動になって、もうおりません」

の一言で片付けられてしまいます。

昨日もそうでした。

たいへん仕事熱心な方で、二年間いろいろ相談に乗ってもらい、とてもお世話になったので、お礼の一つも言いたかったのですが・・・残念です。

通常「異動」は年度末(3月末)なので、その頃になると、気をつけてはいるのですが、今回は特別任務による急な移動だったようです。

行政関係は3年(が最長)に一度の移動があります。

東京事務所で面識のある方が、奈良でまたバッタリ再会ということも多々あるし、部署が異動するだけなら、また違う課でお世話になることもあるので、それはそれで良いのですが。

「長いスパンで取り組むべきプロジェクトに、たかが三年でくるくる担当が替わり、それも間際の辞令─ろくな引継ぎもできない…そんなことで、まともな仕事ができるのか」

行政と一緒に仕事をされた方の、そういう声をよく耳にします。

助成事業も一年や二年で打ち切り。

もっと長いスパンで、どっしり構えて、私たちの暮らすこの場所を、より良くすることを、みんなで目指しませんか?

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以前、とある省庁の個人面談(相談会)で、なぜか担当官自らの将来の話しに及んで、

「(定年後)コンサルでもされたらどうですか?」

と言うと

「どっか、雇ってくれるとこあるかなぁ…」

と、言う答えが帰ってきて、驚いたことがあります。

起業というと大げさですが、フリーで事務所を持ち、社会のために仕事をなさってはいかがですか?という意味でご提案したからです。

せっかくのスキルが他力本願ではもったいない。

もっと長いスパンで、どっしり構えて、私たちの暮らすこの場所を、より良くすることを、みんなで目指しませんか?
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